山歩き・船岡山(泉佐野市)〜熊野街道〜愛宕山(泉南市) (4/12)
4月12日の日曜日。春を通り越して初夏になったような温かい日でした。
実は、金曜・土曜と2日連続の夜勤だったのですが、とくに疲れてもいなかったし、それに引っ越し後の家の中の整理も一段落したので、1人で山歩きに出かけることにしました。
地図を見ていたら船岡山(ふなおかやま)という標高25.6mの山が我が家の近く (泉佐野市) にあることを発見したので、まずそこを目指します。 それだけでは、あまりに近すぎるので、南海電車の駅に置いてあった南海まち探訪マップの樽井・熊野街道コースをたよりに和歌山方面へ向かうことにしました。 最終目的地は、泉南市信達岡中の愛宕山という、これも標高90mという低山です。
去年まで山歩きをするときは、弁当を作って行ったものですが、今回は町歩きが多いので、お腹がすいたらコンビニで食べるものを買えばいいと思い、ほとんど手ぶらで出かけました。
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我が家を出発したのが朝10時。 この写真は、我が家の裏にある蟻通神社(ありとおしじんじゃ)です。 |
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蟻通神社の桜もピークを過ぎて散り始めていました。 |
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蟻通神社にある紀貫之(「古今和歌集」の編纂・「土佐日記」の作者)の歌碑。 |
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我が家のある泉佐野市長滝から国道26号線に向かうとイズミヤというスーパーがあります。そこで26号線を横切り北に向かうと船岡神社があります。 |
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船岡山山頂には桜の木が何本もあり、花見を楽しんでいる人に会いました。 |
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船岡山山頂からりんくうゲートタワービルをのぞむ。 関西空港から飛び立った飛行機の姿も見えました。 |
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桜の木々の間から、国道26号線をはさんで向こう側にあるイズミヤが見えます。 |
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船岡山を下り、南海まち探訪マップに沿って熊野街道を和歌山方面へ向かって歩き出しました。 振り返ると船岡山の姿が見えます。船岡山の標高は25.6mで、スーパーのイズミヤより低いことがよくわかります。 |
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塙団右衛門(ばん・だんえもん)の五輪塔(墓) |
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淡輪六郎兵衛の墓 |
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大坂夏の陣の前哨戦の樫井古戦場跡。 |
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午前11時35分、海会寺跡(かいえじあと)に到着。 (写真のピンク色の2つのモニュメントは、となりのパチンコ屋のもので、海会寺とは関係ありません。) |
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海会寺跡というのは、約1350年前の白鳳時代に建てられた巨大な寺院跡だそうです。 |
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海会寺跡に建てられている一岡神社では男の子が遊んでいました。 |
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海会寺跡からは泉南市に入ってきているのですが、泉南市ではこんなふうに熊野街道の道しるべがところどころに立っていました。 |
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信達宿本陣跡(しんだちしゅくほんじんあと)。 ちょうど12時になりました。 |
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熊野街道をちょっと南にはずれたところにあるのが長慶寺。 |
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長慶寺山門の仁王像。左右に立っていました。 |
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長慶寺の多宝塔。 |
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長慶寺境内で見かけた立て札。 「泣いても笑っても 同じ人生なら 笑っとこ」 |
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熊野街道に戻り、さらに和歌山方面へ向かって歩きます。 12時36分、「信達牧野」の交差点に到着。 |
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12時45分、砂川厚生福祉センター口に到着。 |
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私は以前、泉南市で20年以上働いていましたので、樫井古戦場跡〜ここまでの熊野街道は車で何十回も何百回も通ったものですが、歩いて通るのはこの日が初めてでした。 |
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林昌寺が見えてきました。 |
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このお寺もきれいです。私以外に3人の姿がありました。 |
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林昌寺の裏手のこの鳥居が、愛宕山の登り口のようです。 |
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愛宕山には、こんなミニチュアのような石像がいくつも建てられています。 |
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13時10分、愛宕山山頂。山頂には、ほこらが建っていました。標高90mですが、木々でおおわれているので、風景を楽しむことができませんでした。 |
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下山すると、「ひだり あたご道」の石碑が建っていました。 |
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地上から見た愛宕山。 |
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途中の道端に咲いていた花。(花の名前を知らないのが残念ですが・・・・) |
結局、和泉砂川駅に着いたのがちょうど午後2時。
4時間、約11kmの1人での「遠足」でした。
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