親父の短歌

2010.11.22

親父が死んで約2か月

親父が死んで約2か月になります。
母は、ずっと前に亡くなっていますので、両親ともこの世にいなくなってしまいました。
10月末には四十九日の法要も済ませ、そろそろ喪中はがきの用意をしなければ、と思っているこの頃です。

父の葬儀のため帰郷したときに目にしたのが、父が通っていたデイサービスの新聞、そこに父の短歌が載っていました。

「われ歌に 賞もらいし日 ふれあいに よろこびの声 どっと上がりぬ」

(注)賞というのは、地元の北国新聞に短歌が入選したことを指す。
「ふれあい」は、父が通っていたデイサービスの名前が「ふれあいの里」ということ。

もうひとつ父の書いた色紙の写真も載っていました。

「君もあんたも みな我の友 相共に手を たずさえて 前へ進もう」

どんな「前」を父は思い描いていたのだろうかと、思ったりします。

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2007.05.08

親父の短歌 (2007-5-6)

私の親父の短歌がまた日曜日の朝刊に出ていたので紹介します。

2007年5月6日付け 日本経済新聞

列島の真中の位置の能登半島地震はこの地舐めつくしたり

うちの親父は地震のあった能登半島で暮らしています。

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2007.04.16

親父の短歌 (2007-4-15)

私の親父の短歌が昨日の朝刊に出ていたので紹介します。

2007年4月15日付け 日本経済新聞

本当か本当かとて念押せばたぢろぐ人よ事は決まれり

この歌に対する選者(岡井隆)の評

本当に「決ま」ってしまったのか。「たぢろぐ」がリアルだ。

人の機敏が「たぢろぐ」に表現されているような気がします。

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2007.01.28

親父の短歌 (2007-1-28)

私の親父の短歌が今朝の新聞に出ていたので紹介します。

2007年1月28日付け 日本経済新聞

降る雪の少きを願ふその反面降らざる愁ひ無きにしもあらず

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2006.11.12

親父の短歌 (2006-11-12)

私の親父の短歌が新聞に出ていたので紹介します。

2006年11月12日付け 日本経済新聞

若き日に知り合ひし人今も尚元気と聞きて便りなどする

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2006.09.18

親父の短歌(2006-09-10)(2006-09-17)

私の親父の短歌が2週連続で新聞に出ていたので紹介します。

2006年9月10日付け 日本経済新聞

陸に向き近づきて来る姿なり珠洲の沖なる軍艦島は

軍艦島というのは、石川県珠洲(すず)市の見付島(みつけじま)のことです。
私は、子どものころに一度見たことがあるような記憶があります。


2006年9月17日付け 日本経済新聞

仲々に来ざりし夏と思ひしに来てよりの暑の長さを嘆く


選者(岡井隆)による評は以下のとおり。

変な夏だったと皆がいう。
それを言いあてた一首といえるだろう。

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2006.08.30

親父の短歌 (2006-08-27)

私の親父の短歌が新聞に出ていたので紹介します。

2006年8月27日付け 日本経済新聞

鉛色もつは軍艦白と黒目立つは商船共に泊てゐて

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2006.07.23

親父の短歌 (2006-07-23)

また私の親父の短歌が新聞に出ていたので転載します。

2006年7月23日付け 日本経済新聞

彦星と織女星とのデートの日われは誰かに便り書きたし

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2006.06.22

親父の短歌 (2006-06-22)

久々に私の親父の短歌が新聞に出ていたので転載します。

2006年6月18日付け 日本経済新聞

さみだれの高まる音に和すべきか今宵心の放埒にして

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2005.10.13

10月の親父の短歌

10月9日(日)付けの日本経済新聞にまた、親父の短歌が載っていました。

様ざまの物置かれある此の部屋に一灯つけば百の影生む

これはブルースの世界だな・・・。

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